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  • 執筆者の写真s.takashi

事業の再構築や新規事業の立ち上げについて考えてみましょう。(第4回:CPF・PSFとイノベーションのジレンマ)

今回は、クレイトン・クリステンセン教授の名著「イノベーションのジレンマ」(翔泳社)に記載されている「インシュリンの製品ライフサイクルにおける性能の供給過剰」(同書P261-P265)を採りあげ、カスタマー・プロブレム・フィット(CPF)とプロブレム・ソリューション・フィット(PSF)の変遷とその見極めの難しさについて考えてみます。



当該事例は、インシュリンという特殊製品市場を舞台に、イーライ・リリー社とノボ社において展開された開発競争です。顧客と顧客が抱える問題・課題、そしてその解決策の在り方を考える上で思わず唸ってしまう、とても興味深い事例です。


インシュリン市場では当初、イーライ・リリー社がリーダーとして君臨しており、同社のターゲット顧客は糖尿病患者の治療に従事する内分泌専門医でした。同専門医の課題は病状の重い患者の治療であり、より純度の高いインシュリンを求めていました。イーライ・リリー社はその課題を解決すべく、インシュリンの純度の向上に注力しました。しかし、より純度の高いインシュリンを必要とするのは病状の重い患者で、その糖尿病患者全体に占める割合は少数でした。イーライ・リリー社がその少数市場で開発コストを回収するためには、必然的に製品価格を高く設定することが必要でした。そのような状況下で、イーライ・リリー社は、同専門医のさらなる課題に応えるべく、より純度の高いインシュリン開発を進めていきますが、それは自らをさらに少数市場へと追い込むことにもなっていきました。


一方で、糖尿病患者の大半を占めるのは病状が重くない患者であり、彼/彼女達は既存のインシュリン純度で十分であり、その関心事はインシュリンの純度からインシュリンの廉価入手と短時間での簡易な摂取へと移行していきました。当時インシュリンを摂取するためには注射器を携行することが必要であり、摂取時には煩雑な手順を踏んで時間をかけてインシュリンを注射しなければならず、患者にとって心理的かつ肉体的に負担のかかる作業になっていました。そのような状況を打開すべく、ノボ社は病状の重くない糖尿病患者をターゲット顧客として、インシュリンの簡易摂取を可能にするインシュリン・ペンとインシュリンの補充を簡易にするインシュリン・カートリッジを開発したのです。しかも、同患者にとって手頃な価格で。ノボ社は多数市場に対してインシュリン・ペンとカートリッジを販売することでインシュリン市場のシェアを拡大し、収益性を高めることに成功したのです。結果として、インシュリン市場の勢力図が大きく塗り替わってしまったのです。


これは、製品の機能が顧客の求めているレベルを超えてしまうと、顧客の関心は過剰となった機能からは離れ、使い勝手の向上性等の別の視点へと移っていくことを意味しています。しかし、当事者はそのことには気づかず、依然として高機能化を追い求め続ける傾向にあります。勝者が製品の高機能化を追求する一方で、顧客ニーズは別の視点へと移行し、それにいち早く気づいた企業が新たな勝者へと変わっていくことになります。


インシュリン市場黎明期のターゲット顧客は内分泌専門医であり、同専門医の課題に応えること、即ち、インシュリンの純度を上げることが市場の最重要命題でした。しかし、インシュリンの純度開発が進み、その純度が大半の糖尿病患者が必要とするレベルに達した時点で、ターゲット顧客は内分泌専門医から病状が重くない患者へと移行し、顧客ニーズはインシュリンの純度向上からインシュリンの廉価入手かつ簡易摂取へと移行したのです。


この事例を読んで、なぜイーライ・リリー社はあまりにもわかり切った事実を見落としてしまったのかと、多くの方が不思議に思われたのではないでしょうか。当時、圧倒的な成功体験を持って市場に君臨していたイーライ・リリー社から見れば、至極当然な企業行動でした。後から振り返ってみると、そこにイノベーションのジレンマという難しい問題が隠れていたのです。


次号では、このイノベーションのジレンマについて、よりわかりやすい事例を採りあげて考えてみたいと思います。

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