労働者災害補償保険とは
従業員を一人でも雇用したら加入しないといけない労働者災害補償保険(通称労災保険)をご存知でしょうか。
労災保険は、従業員が業務上、または通勤途中にケガをしたり病気になった時に会社からの補償に変わり、治療費や休業中の所得補償を行う公的保険です。
従業員を雇用したら必ず会社が加入しなければならない、強制保険です。
労災保険の給付には
①けがをしたときの治療費の給付
②休業した時の休業補償の給付
③障害が残った時の給付
などがあります。
労働基準法では、労働者の業務上の事由によるケガによる治療費の補償や、労働できなくなった時の休業補償を会社に義務付けています(労働基準法75条~84条)。
労災保険は、労働者保護の観点より、労働基準法に定められた会社の義務が確実に果たされるよう、公的保険という形をとって事業主に加入を義務付け、業務上災害については労災保険から保険給付がなされるための仕組みとなっています。
労働基準法第84条
この法律に規定する災害補償の事由について、労働者災害補償保険法に基づいてこの法律の災害補償に相当する給付が行なわれるべきものである場合においては、使用者は、補償の責を免れる。
労災保険の補償範囲と限界
会社が使用者としての義務を果たすためにある労災保険ですが、補償内容には以下のような点で限界があります。
①補償額は法令で決められた額まで
例えば業務上のケガで仕事を休んだ時、休業補償給付として補償されるのは平均賃金の60%、休業特別支給金として平均賃金の20%までです。
「平均賃金」は単純に給与額の平均、という意味ではありません。
直近3か月の賃金総額÷その期間の総歴日数
で計算しますので、月給30万円の人の平均賃金はおおよそ9800円程度(日額)になります。
休んだ日のお給料が全額給付される、という訳ではない点に注意が必要です。
②慰謝料は補償されない
労災保険で補償される範囲は、治療費や休業時の賃金補償、障害が残った時の補償などに限られており、事故による経済的、精神的な損失に伴う慰謝料や、会社の使用者責任を問う損害賠償金までは補償されません。
③損害賠償額と労災保険は、相殺される
会社を相手取って民事裁判を起こして無事損害賠償金を得ることができたとしても、労災保険による給付と損害賠償が相殺され、労災による給付を受けた額を限度とした額が損害賠償額から控除されます(損益相殺)。
労働基準法第84条
この法律に規定する災害補償の事由について、労働者災害補償保険法に基づいてこの法律の災害補償に相当する給付が行なわれるべきものである場合においては、使用者は、補償の責を免れる。
2 使用者は、この法律による補償を行つた場合においては、同一の事由については、その価額の限度において民法による損害賠償の責を免れる。
なお、労災給付と同時に支給される「特別支給金」については損益相殺の対象外となっています。

労働災害総合保険の役割
労災保険が、国の強制保険である一方、労働災害総合保険は任意の保険です。
上記のように、労災の補償範囲は法に定める範囲であるため、事故によっては労災で損害が賄いきれないケースが出てきます。
そのような場合に、法を超えた補償を行うために存在するのが労働災害総合保険となります。
労働災害総合保険は、労働保険事務組合や、民間の損害保険会社などが保険商品として提供しています。
労働災害総合保険に加入するメリット
①国の労災保険と相殺されることなく上乗せで補償が受けられる
上記の通り、国の労災保険は法令に基づき補償される範囲が限定的です。
労働災害総合保険に加入していると、労災保険の補償に上乗せする形で保険給付が受けられますので労働者により手厚い補償を提供することが可能になります。
②使用者賠償責任保険を組み合わせることができる
労災事故について労働者や遺族から損害賠償請求を受け、法律上の賠償責任を負うことになった場合、その賠償金や慰謝料、訴訟費用、弁護士報酬などが補償されます。
上記でご説明したように、国の労災保険は損害賠償金までは補償されない一方
労災事故による死亡時の損害賠償金は多額になるケースがあるため、そのようなリスクに備えるためにも労働災害総合保険に加入するメリットは大きいと言えます。
③加入範囲を限定することも、特約により拡大することもできる
国の労災保険の対象者は、パートやアルバイトも含めたすべての労働者となりますが、
労働災害総合保険においてはパートやアルバイトを除き加入することができることがあります。
また、国の労災保険に特別加入している事業主や役員等も特約により補償対象とすることが可能です。
④保険金は労働者本人ではなく、いったん会社に支払われる
国の労災保険は直接医療機関や本人に支払われますが、労働者災害補償保険の保険金については直接会社に支払われます。
会社が受け取った保険金は、全額労働者にお渡しすることにはなりますが、
これにより労働者が「会社が法定以上の補償を行ってくれた」「会社が誠意を見せてくれた」という心象を抱き、労働災害を発端とする労使トラブルや訴訟リスクを予防することにつながります。
労働災害総合保険の注意点
そんな労働災害総合保険にも注意点があります。
基本的に国の労災保険に連動していますので、国の労災給付が決定されるまで保険金が支払われません。
国の労災給付の決定には一定の期間がかかってしまうため、迅速な補償が必要な場合にはやや不向きかもしれません。
業務災害の発生リスクを考慮して、労働災害総合保険の検討を
国の労災保険はあくまでも「最低限の補償」を行うものであるため、
その内容が労働者にとっては不十分なものであるかもしれず
それに端を発して労使関係が悪化するケースもあるかもしれません。
また業務災害が起こった時のケガの程度が大きくなりがちな業種などは、
業務災害発生により労働者から多額の損害賠償請求を受けるリスクが高いと言えます。
労働災害総合保険は任意の上乗せ保険という位置づけではありますが
これらのリスクに備えるためにも、ぜひ労働災害総合保険という選択肢をご一考いただければと思います。
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