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  • 執筆者の写真藥井遥(社会保険労務士・産業カウンセラー・キャリアコンサルタント・1級FP)

研修実施後の退職。費用の返還を求めることはできるか?


多くの会社は、費用を負担し社員に対して研修を行ったり資格を取得させたりしていると思います。

それもこれも、研修や資格で取得した能力を会社のために活かしてほしいという会社の計らいがあってのこと。


ところが、そんな会社の思惑を無視して会社の費用で資格を取得してすぐに退職されてしまうというケースは珍しくありません。



そこで会社は、資格取得費用や研修費を負担する際、「資格取得後○年以内に退職した場合は全額自己負担とする」という防衛策を生み出します。

しかしこれ、労働基準法違反になりかねないことをご存知ですか?




労基法では「賠償予定を禁止」している

労働基準法第16条では、「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、または損害賠償額を予定する契約をしてはならない」と定めています。


これは、使用者が労働者日して雇用関係の継続を不当に共用することを排除するための条項であり、具体的には「入社して○年以内に退職すれば損害賠償金として○万円を支払う」などといった契約を結ぶような行為を指します。


「研修費用の返還」を求める契約も労基法違反とされることも

研修費用の返還と、労働基準法に定める違約金や損害賠償額では性質が違うではないかと思われるかもしれないですが、過去の判例では返還を約する契約が実質的に労働者の退職の自由の足かせとなり、労働基準法16条違反であると判断されたものがあります。

そこで、過去の判例から研修費用や資格取得費の返還に関する契約の有効性を検討してみます。


【費用返還契約が労基法16条違反とされた例】

① 医療法人K会事件

看護学校在学中の修学資金の貸付について、貸付者であり雇用主のK会が、「修学資金貸付規定」に規定する勤務すべき期間内に退職したとして、貸付金の全額の返還を元看護師に対して求めて争った事件。

【判決要旨】

・貸付金の実質は、看護学校在学中の給与の減少分の補てんとして位置づけられる

返還免除期間は労基法13条が規定する労働者の退職の自由を制限する限界の3年間の倍の6年と長期間である

・要返還額は給与の約10倍の108万円と高額である

以上のことより、本件貸付の返還合意契約は実質的な経済的足止め策として退職の自由を不当に制限するものであり、労基法16条損害賠償予定の禁止違反となり無効である。

② 和幸会事件

医療法人和幸会は、被告に対し看護学校の入学金や授業料、計156万円を貸し付け「看護婦等修学資金貸与契約」を締結したが、医療法人で勤務することなく看護学校を退学したため、和幸会が被告に対して貸与金の返還を求めて争った事件。

【判決要旨】

・被告は看護学校への入学が決まり、それに伴う諸手続終了後に貸与を受けなければ入学できないと説明を受け、やむなく本件貸与契約を締結するに至ったものである

・貸与を受けた場合は、看護学校在学中から理由の如何にかかわらず、原告が経営する病院以外でのアルバイトを禁止され、これに違反した場合は、貸与契約が解除され、直ちに返還義務が生じるとされていた。

・これらを踏まえると本件貸与契約の実質は、貸与を受けた者が看護学校卒業後に原告の経営する病院で勤務することを大前提とし、2年ないし3年以上勤務すれば貸与金の返還を免除するというものであり、将来の労働契約の締結および退職の自由を制限しているといえ、賠償予定禁止違反となる。

③ 富士重工業事件

使用者が自社における能力開発の一環として命令で修学や研修をさせ、修学後の労働者を自社に確保するために一定期間の勤務を約束させるというものであれば、賠償予定禁止違反となる。


【費用返還契約が労基法16条違反とされなかった例】

① 長谷工コーポレーション事件

本来労働者本人が費用を負担すべき自主的な修学について、使用者が修学費用を貸与し、ただ就学後一定期間勤務すればその返還債務を免除するというものであれば、賠償予定の禁止違反にはならない。

② 藤野金属事件

・研修が、溶接技量資格検定試験準備のための社内技能者訓練という、社員に対する優遇措置として行われたものである

社員の中から希望者を募ったものである

・研修費用が合理的な実費の範囲内であり、費用の性質は会社が講習を希望する社員に対する訓練費用の立替金であり、立替金を返還するときはいつでも退職が可能であると説明がされている

・立替金の返還が不要となる研修後の勤務要件期間は1年と短期間である

以上より、社員を不当に拘束するものとは考えられず、賠償予定の禁止違反にはならない。

③ 明治生命保険事件

・「留学終了後、5年以内に自己都合により退職する場合は、留学費用全額返還いたします」と記載された金銭消費貸借の合意が成立していた

留学制度の応募するか否かは労働者の自由意思に委ねられている

・留学先は一定範囲内から労働者が自由に選択できること

・業務に直接関連ある課題や報告は課されない

以上より本件留学は業務性を有するとは言えず、本来的に使用者がその費用を負担すべきものとはいえず、金銭消費貸借合意は賠償予定の禁止違反にはならない。

④ コンドル馬込交通事件

・第2種免許の取得は会社の業務に従事する上で不可欠な資格であり、その取得のための研修は業務と具体的関連性を有するものではあるが、第2種免許は個人に付与されるものであり、退職後も利用できるという個人的利益があることからすると、免許取得費用は免許取得希望者個人が負担すべきものであること

・返還費用は20万に満たない金額であったこと

以上より、退職の自由意思を不当に拘束するものであるとは言い難く、賠償予定の禁止違反にはならない。



制度の導入は慎重に

過去の判例を見てもわかるように、一見労働基準法16条に規定する賠償予定の禁止には当たらないと思えるような『金銭賃貸借契約』に基づき研修費用を貸し付けた場合であっても、一定の場合は16条違反であると判断されることが分かります。


研修費用の貸付が16条違反となるかどうかの判断のポイントとしては

・労働者の自由意志に基づき貸付契約が締結されているか

・貸付金免除要件として、勤務期間を1〜3年以内にしているか

・本来会社における必須の技能にかかる研修ではないか(退職後も個人的利益のある研修か)、また業務性のない研修か

などが挙げられると考えられます。


研修費用貸付制度の導入をご検討の場合は、これらのポイントも踏まえて制度設計されることをおすすめします。


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