パートタイマーなど、家族の扶養範囲内で就労している人であれば一度は耳にしたことのある「年収の壁」。
103万?
106万?
130万?
150万?
1月から12月までの年収なのか、
見込年収なのか。
通勤手当や残業代は含まれるのか含まれないのか。
混乱したことはありませんか?
年収の壁の正体を正しく理解するためには、税金から社会保険まで幅広い制度の知識が必要となるため、完璧に理解するのは少々ハードルが高いかもしれません。
今回は、この複雑な制度をなるべくわかりやすく、詳しく解説していきたいと思います。
なお、説明をわかりやすくするために登場人物の設定を以下のようにしたいと思います。
「あなたご自身」・・・パートタイマーとして扶養の範囲内での勤務を希望する人
「配偶者」・・・あなたご自身の配偶者で、主として生計を維持している人
年収の壁一覧
以下で解説する「年収の壁」を一覧にまとめたものです。
本記事は少し詳しい解説になっていますので、大枠だけ知りたい場合はまずは下図をご確認いただければと思います。
ではさっそく、一つずつ「年収の壁」を見ていきましょう。
①103万の壁と150万の壁
いわゆる「103万の壁」と「150万の壁」は、税法上の仕組みから生まれる「壁」です。
この税法上の壁を理解するには、所得税と所得税の扶養控除の仕組みを理解する必要があります。
なお、「103万円の壁」と「150万円の壁」の「年収」の考え方は、毎年1月~12月に受け取る(給与支払日が到来した)収入のうち、非課税となる通勤手当などを除いた総支給額(残業手当、賞与なども含み、社会保険料などが控除される前の額)のことを指しています。
年収103万円はご自身の給与収入にかかる所得税の課税ライン
会社で働いて給与をもらうとその給与に対して税金(所得税)がかかります。
ただし所得税は基礎控除48万円と、給与所得に対しては給与所得控除55万円の計103万円の控除をうけることができます。
すなわち、給与収入が103万以内の場合、控除する額のほうが大きくなるので、給与収入に対する所得税はゼロとなり、
逆に言うとこれを超えると給与収入に対して所得税の負担が発生することになります。
(なお、ご自身が自営業者やフリーランスであって「事業所得」となる場合、給与所得控除を適用することができず、基礎控除の48万円と、事業に要した経費を差し引いた金額などに対して課税されることになります。
また、給与収入だけであっても副業やダブルワークなどで二か所以上から給与収入を得ている場合は、これらを合算することになりますのでご注意ください。)
※なお、103万円の年収を超えたとしても、急激に高額な所得税が徴収されるわけではありません。
給与年収105万円の場合の所得税=年間1,000円程度
年収103万円は家族の所得にかかる扶養控除の適用ライン
生計を主として支えているあなたの両親など家族がいた場合、あなたの家族は、あなたご自身を扶養していることに対して、収入から所得控除(扶養控除または配偶者控除という)を受けることができます。
所得控除を受けられるということは、税金の計算のもととなる所得額が圧縮されるということですから、あなたを扶養している家族が納める所得税が少なくなるということになります。
【配偶者控除:所得が48万円以下の配偶者を扶養している場合に受けられる】
【扶養控除:所得が48万円以下かつその年12月31日現在の年齢が16歳以上の扶養している配偶者以外の親族を扶養している場合に受けられる】
「所得が48万以下」とは、給与収入でいうと年収103万円ということになりますから、あなたを扶養している家族の収入から扶養控除を受けられる範囲のあなたの年収は、103万以下ということになるのです。
(あなた自身が自営業者やフリーランスで「事業所得」である場合、収入ー経費が48万円以下であれば、同じようにあなたを扶養する家族は扶養控除の適用を受けることができます)
パートタイマーの中には、家族がこの「扶養控除」を受けることができるよう、103万円以内に年収を抑えようと就労調整をしているケースがあります。
これを「103万円の壁」と言います。
まとめ「103万の壁」とは
①給与収入が103万円以下だと、所得税がかからない
②給与収入が103万円以下だと、生計を一にする家族が扶養控除を受けられるという税法上の仕組み
※この場合の給与収入とは、1月~12月に支払を受けた非課税となる通勤手当などを除く給与額(基本給・残業手当・賞与含む)のこと。
年収150万円は、配偶者の所得にかかる「配偶者特別控除」を最大で受けられる収入ライン
あなたに配偶者がいて、あなた自身に48万円を超える所得(103万円を超える給与収入)があるために配偶者の所得から配偶者控除の適用が受けられないときでも、あなた自身の収入が一定以下までは所得控除が受けられる場合があります。これを配偶者特別控除といいます。
【配偶者特別控除の額】
年収150万円の壁とは、あなたの配偶者が配偶者特別控除を最大限受けることのできるあなたご自身の年収水準のことで、具体的には所得95万円(給与収入150万円)となります。
あなたご自身がそれ以上の年収を得ていれば、その額に応じて配偶者の所得にかかる配偶者特別控除の額は減ってゆきます。
配偶者の所得から配偶者特別控除を最大限受けるために、あなたご自身が年収を150万以下にするよう就労調整することも多く行われており、これは「150万円の壁」と呼ばれています。
※配偶者が年収500万の会社員の場合、ご自身を扶養することによる配偶者特別控除の所得税の圧縮効果は年間約3.8万円程度となります。
ただし下図は住民税や各種控除など考慮しておらず、個人の税額を確定させるものではありませんのでご注意ください。
まとめ「150万円の壁」とは
①生計を主に支えている配偶者の所得からは、あなたご自身が給与収入150万円以下である場合は「配偶者特別控除」を最大で適用できるという税法上の仕組み
※この場合の給与収入とは、1月~12月に支払を受けた非課税となる通勤手当などを除く給与額(基本給・残業手当・賞与含む)のこと。
②130万の壁と106万の壁
130万と106万の壁を理解するためには、我が国の社会保障制度全体を理解する必要があります。
日本では、国民皆年金・国民皆保険制度がとられ、20歳以上の国民はすべていずれかの社会保険(年金保険および健康保険)制度に加入することになっています。
下図をご覧ください。
会社に勤めると、会社で健康保険保険の加入手続きを取り、会社から健康保険証が交付されますよね。
これは、会社が健康保険制度に加入しているためであり、就労時間が一定時間以下のパート以外は、基本的に会社が加入する健康保険に加入することになります。
年金制度についても同様で、会社で厚生年金の被保険者資格の手続がとられ、給与から厚生年金保険料が控除され、将来は国民年金に加え厚生年金が2階建てで支給されます。
国民皆年金・国民皆保険の図
一定の要件を満たせば、パートタイマーも会社の社会保険に加入しなければならない
会社で勤務する際は、会社の社会保険(厚生年金・健康保険)に加入し、給与から保険料が控除されることで保険料を納付する必要があります(それにより、当然給与の手取額は減ることになります)。
しかし、会社に所属するすべての従業員が会社の社会保険に加入するわけではありません。
会社の社会保険に加入する要件は、以下の通りです。
①週および月の所定労働時間が正社員の4分の3以上であること
②2か月を超えて雇用されること
すなわち、正社員の所定労働時間が週40時間(1日8時間×週5日)であれば、週30時間以上で勤務するパートタイマーは、会社の社会保険(厚生年金・健康保険)に加入しなければなりません。
(逆に言うと、所定労働時間が週30時間未満だと会社の社会保険に加入する必要はありません)
社会保険(厚生年金・健康保険)の適用拡大の流れ
ところが、平成28年10月以降、社保に加入しなければならない従業員の範囲が見直されることとなり、令和4年10月から従業員101人以上(※)の企業について、さらには令和6年10月以降、従業員51人以上規模の企業においても、加入対象者の範囲が以下の範囲に拡大することが決定しています。
(※)法人全体の厚生年金保険の加入者の総数のこと
【原則的な社会保険の加入要件】
①週および月の所定労働時間が正社員の4分の3以上であること
②2か月を超えて雇用されること
↓
【従業員101人以上(※)の企業で勤務するパートタイマーの社会保険の加入要件】
(令和6年10月以降は51人以上の企業)
このように、勤務する企業規模によっては、基本給や手当(残業手当や賞与額を含まない)が月額8.8万(年額106万)以上となった場合は、自身で会社の社会保険(厚生年金・健康保険)に加入しなければならないため、基本給や手当をそれ以下に抑えるために就労調整が働きます。
これをいわゆる「106万の壁」といいます。
繰り返しになりますが、今のところ106万円の壁は従業員が101人以上(令和6年10月以降は51人以上)の企業で勤務するパートタイマーの前にしか、存在していません。
それ以外の規模の企業に勤務するパートタイマーは、原則通り【週の所定労働時間が約30時間以上、かつ2ヶ月以上雇用される時は、勤務する会社の社会保険に加入しなければならない】という【週30時間の労働時間の壁】が存在するのみです。
まとめ「106万円の壁とは」
・法人全体で従業員(※)101人以上の企業で勤務する
・所定労働時間が20時間以上
のパートタイマーが、勤務先の社会保険(厚生年金・健康保険)に加入しなければならない年収の基準のこと
令和6年10月以降、従業員(※)が51人以上の企業が取り組むこと
前述の通り、令和6年10月以降は従業員が51人以上の企業においては、前述の加入要件に該当するパートタイマーについては従業員の加入意思の有無に関わらず健康保険・厚生年金への加入手続きを進めなくてはなりません。
時間調整をして社会保険に加入したくないというパートタイマーもいるでしょうから、対象者には、社会保険加入によるメリット・デメリットを丁寧に説明することが肝要です。
①加入させるべき人を抽出する
②対象者に対して健康保険・厚生年金加入のメリット等についての説明会を実施する
③個別に、社会保険に加入するか、加入を要しない水準まで所定労働時間を減らすかを話し合う
④それぞれと雇用契約書を交わしなおす
なお2025年以降、中小企業における被保険者の強制加入要件は、現行の51人以上から更に人数が減ることも想定されます。現状、51人以下で人数が少ない企業におかれましても、動向を見据えながら対応をシミュレーションされておくことをお勧めします。
会社の社会保険(厚生年金・健康保険)に加入しない人の年金制度・医療(健康保険)制度と扶養制度
その一方で、就労時間が上記よりも短く、会社で社会保険(健康保険・厚生年金保険)に加入しないパートタイマーや、会社に所属しない人(フリーランス・自営業・無職の人など)については、会社員や公務員が加入する厚生年金保険や健康保険に加入することはできません。
会社に所属しない人(フリーランス・自営業・無職の人など)については、無年金・無保険とならないよう、年金制度としては国民が全員共通で加入する「国民年金」に加入し、また医療保険(健康保険)制度については市町村が実施する(※)「国民健康保険」に加入することになります。
(※)国民健康保険には、業種ごとに組織される国民健康保険組合(医師国保など)もあります。
しかし例外があります。
健康保険に加入する家族(会社員や公務員の配偶者など)により生計を維持されている、年収130万未満の配偶者や子、両親などについては、自身で健康保険料を負担することなく、その家族の健康保険制度に加入することができるのです。
(配偶者にあっては、国民年金第3号被保険者として国民年金保険料を負担することなく、国民年金に加入することができます)
これを一般的に「社会保険上の扶養制度」などと呼んだりします。
このような制度があることで、自身が勤める会社で社会保険(厚生年金・健康保険)に加入しないパートタイマーは、見込年収(残業手当や通勤手当を含む)を130万(月額10.8万円)未満に抑えて、家族の扶養認定を取ることにより、社会保険料の負担をしない働き方を選択することが広く一般的に認知されることになりました。
ただし、実際は「本当はもっと働きたいけれど、厚生年金保険料や健康保険料(会社で社保に加入しない人であれば国民年金保険料や国民健康保険料)を自身で支払うことによる手取給与の減少を避けるために就労調整をしている」というパートタイマーがたくさんいます。
これがいわゆる「年収130万円の壁」です。
「106万の壁と130万の壁の全体図」
106万の壁と130万の壁は、同じ社会保険の仕組みから生まれる壁だが、中身は異なる
このように、106万の壁と130万の壁は、同じ社会保険制度の仕組み上生じる壁ではあるものの、
●自分自身が勤務する会社の社会保険に入らなければならないかどうか(106万の壁)
●家族の健康保険の扶養家族でいられるかどうか(130万の壁)
というように、壁の中身は全く異なります。
自分自身が勤務先の社会保険に入らなければならないかどうかと、家族の扶養認定が下りるかどうかは、また別問題です。
自分自身は勤務する会社の社会保険に入らない程度に短時間で勤務しているが、年収が130万を超えたので家族の扶養からは外れてしまう、というケースは十分にあり得るのです(パートタイマーの時給単価が高いケースで、この場合は国民年金と国民健康保険に加入し、保険料を自身で負担することになる)。
なんとなく、106万の次には130万の壁があると陸続きをイメージされることも多いかもしれませんが、社会保険制度全体を理解すると、これらの壁の違いがお分かりいただけるかと思います。
【ご参考:社会保険加入フローチャート】
※ご自身が会社の社会保険に加入できるかどうか、配偶者の会社の社会保険の扶養に入れるかどうかは、それぞれの会社にお問合せください。
年収の壁まとめ
以上、年収の壁について少し詳しく解説してきました。
おさらいに、年収の壁一覧を再掲します。
税法上の壁と社会保険制度上の壁を区別して、働き方を検討しよう
弊事務所でも「扶養範囲内で働きたいが、どの程度働けるのか?(働かせることができるのか?」という相談を多く受けます。
しかし、一言で「扶養範囲内」といっても「配偶者の所得税が安くなる範囲で働きたいのか」「配偶者の健康保険の扶養家族に入りたいのか」など、意味は様々です。
具体的にどのメリットを享受したいのかによって対応が大きく異なってくるため、年収の壁を意識している方はまずは「具体的に年収をいくらに抑えたいの?」というところを確認しましょう。
上記でご説明したように、家族の扶養に入ることができる年収の計算方法は、副業の有無や収入の種類(給与収入なのか事業収入なのかなど)など従業員一人一人の状況により回答が変わってくるものです。
「家族の会社の健康保険の扶養に入りたい」という要望についても、実務上は家族が加入する健康保険組合などの指示に従って扶養認定に必要な書類などを用意することになりますので、ご自身が勤務する会社からは「こうするとご家族の健康保険の扶養に入れますよ」ということは言えないのが実情です。
このように、会社としてはあなたご自身の収入全体の内訳や、配偶者が勤める会社の健康保険組合の仕組みまでは把握できないので、まずはご自身が税法上もしくは社会保険上のどのメリットを享受したいのかを整理した上で、勤務する会社で希望する具体的な年収ラインを提示するようにしましょう。 そしてその希望をもとに勤務する会社と話し合って労働条件を決定し、希望する扶養制度を利用できるような働き方を自己管理するほかありません。
※弊事務所では、本記事の内容について、個別にご相談に応じるなどの対応はしておりません。
※人事・労務担当者に代わり社保手続・労働保険手続などを代行する 「労務顧問契約」をご提案しております。 詳しくはお気軽にお問合せください。 顧問サービス | やくい社会保険労務士事務所ホームページ | Chiba (yakui-sr.com)
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